イサーンのリアルな“ど田舎農村”、赤土の大地へ行ってみた。

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投稿:2015.12.08 | 更新:2015.12.11
先日、タイ人の友達が、とあるイサーンの田舎へタンブンに行くという。

全員女性で例外なく運転はへたっぴ。

よって俺が運転手で駆り出された、


タンブン メンバー


今回は俺を含めて総勢4名。

と言っても、俺はタンブン自体には興味がないんで同席しないが。


今回のタンブンは、一人の子の田舎に友達2人が同行。

2人は自分の田舎でもないのに、あんな遠くまでよく行くよなぁ。


整備の進むイサーンへの道


イサーン地方にはちょこちょこ出かけるんだが、年を追うごとに道路は拡張されコンディションも良くなってきている。

特に、ここ数年の道路整備状況は目を見張るものがある。


イサーンへの道が重要というよりは、タイと隣接する国々との、物流の幹線としての意味合いが強いんだろう。

いつまでたってもイサーンはただの通り道だ。


イサーンのガチな田舎集落へ


今回主役の子は初対面。

実家に帰れるとあって、もうご機嫌だ。

金のアクセサリーで全身着飾り、貧乏人の背伸び競争に 参戦準備万端なのはお約束。


その子の実家に近づくと、幹線道路から未舗装の脇道に入りダートコースでラリー状態。

20151208_isan_1.jpg
永遠に続く赤土の道。

巻きあがる赤土の土埃りで、車の後ろは全く見えなくなる。

サファリラリーも真っ青のダートコースだ。


乗用車で来る所じゃないぜ、まったく。

俺の車じゃないから別にどうでもいいけど。


こんな土壌じゃ不毛の地と言われても仕方がない。


暫く行くと、もうタイ映画そのまんまのイサーンの田舎。

20151208_isan_2.jpg
のどかと言えばのどかだが。

土地も荒れ果て、言葉は悪いがリアルな田舎の極貧農村って感じだ。


俺が勝手に不毛の地とイメージするだけかもしれないが。

「赤土の道」

「荒れ果てた田んぼ」

後は何もない。


そして、ど田舎の集落へ到着。


到着した集落内の道も全て赤土。

電機は通っているようだが、水道とかは どうなってんのかなぁ。

なんだかタイ版の、アメリカ西部劇映画に出てくる様な村みたいだったよ。

クリント・イーストウッドでも出てくるかと思ったぜ。


写真は無いんで、上記の文章だけで何とか想像して欲しい。


文才のある人は、

「皆貧乏だが、それでも子供たちの笑顔は素晴らしく・・・」

なんて綴るのかもしれないが、実際には子供だって、物心がつく頃には皆目が死んでいる。


そして昼間っからブラブラしている大人達。


毎朝毎朝、ただ寝るためだけの為に起きる様な生活の毎日。

夢も希望もありゃしない。


おまけに昨今の政局や経済状況のおかげで、もうどっぷり借金漬け。

しかも、借金と自分の金の区別さえもつかない教育水準。


おかげでタダでさえ貧乏なのに、貧乏な将来まで完全にロックアップされている。

這い上がる気にもならないアリ地獄だ。


今年のカラ梅雨の影響


追い打ちをかける様に、今年は雨が少なかった。

20151208_isan_3.jpg
田んぼは干からび、収穫の望めない農家も多かったらしい。


一般には「赤土の大地」などと言われているが、突撃レポーターのマシマシに言わせれば「赤土の砂漠」だよ。


それでもイサーン人は田舎へと戻る。

俺なんかには、とても想像がつかない世界だ。


タンブンは翌日なので実家に泊まれと言われたが、遠慮して一人街中に宿をとった。


次回は、イサーンの超田舎町での宿泊の様子を。


俺の知ってる些細なことが、誰かの役に立つならば、、、byマシマシ


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